この年星野 仙一監督就任2年目で、小松 辰雄、小野 和幸、郭 源治らの投手を中心とした「守りの野球」でチーム4度目の優勝を手にした。
この年も開幕前のV予想は巨人、広島で2分。中日はほとんどがBクラス評価であった。
鉄拳をもって選手を鍛える熱血ぶりと、その一方で大島 康徳、平野 健をトレードにだす腕ぶりがクローズアップされても、それが即、中日の総合力を判断する材料にはならなかった。
実際中日は評判どうりのスタートを切った。エース小松で開幕戦の大洋戦を落とすと、4月は5勝11敗。最下位で立ち上がった。
しかし、先発、中継ぎ、抑えシステムを固定化し、守護神・郭を1回限定でしか使わない「守り勝つ野球」だけに一度リズムを取り戻すと立ち直りも早かった。
4月30日から5月5日まで5連勝を記録すると、5月は11勝7敗2分。後半戦スタートの7月29日、ヤクルトの勝って首位にたつや、ただの一度も首位を譲ることなくそのままゴールにとびこんだ。
ただ、星野監督の優勝に、選手のだれもが夢見るビールかけはなかった。昭和天皇の病状を考慮し、胴上げこそしたものの、整然とした乾杯だけで終わった。「ビールかけは次に優勝したとき。次の優勝したときこそ、心おきなくビールを掛け合おう。」宿題の完結には、実に11年もの歳月を要してしまった。 |