長いプロ野球の歴史の中で、リーグ最後の試合で優勝が決まったのはただの1回しかない。それが昭和57年の中日だった。
10月18日、横浜スタジアムの大洋ー中日最終戦。 この年監督の近藤 貞雄の体が宙に、舞い、横浜の夜空に「ドラゴンズコール」がこだましたが、シーズン当初、中日ナインは優勝など夢のまた夢と思っていた。
それは開幕早々、小松 辰雄が右足首を痛め登録抹消。中日はいきなりエースを欠いてのペナントレースを余儀なくされてしまったからである。
1勝3敗1分と劣勢で迎えた5月の巨人戦。初戦に苦手・江川を打ち崩すと、3連戦を2勝1分。 宇野 勝、谷沢 健一、そしてケン・モッカら、近藤監督をして「野武士軍団」となずけた選手たちの活躍ぶりで、開幕からの不利をみごとに補っていった。
そしてもつれにもつれて、130試合目で勝てば優勝、負ければ巨人の逆転優勝となった大洋戦。
近藤監督はロッカー室にナインを集めると、ビール、日本酒の山を指差して「飲んでから行こう」と率先して口をつけたという。 試合前の飲酒はもちろん、この日が最初で最後のことであった。 |